大判例

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大阪地方裁判所 昭和25年(レ)45号 判決

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し大阪市東成区大今里町七百三十三番地の六所在木造瓦葺二階建居宅四戸一棟のうち東端の一戸を明渡すこと。」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人に於て本件家屋の表示として東側の一戸とあるのを東端の一戸と訂正した外原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

<立証省略>

三、理  由

控訴人が本件家屋を所有し被控訴人が之に居住していること、被控訴人が訴外中村常吉と内縁関係にあつたこと、中村が本件家屋を控訴人の前所有者訴外和田庄三郎より被控訴人主張の如き条件で賃借していたことは当事者間に争がなく、控訴人が和田より本件家屋を買受け中村に対する賃貸人の地位を承継したことは弁論の全趣旨に照し争がないものと認められる。

被控訴人は中村と共同で本件家屋を和田より賃借した旨主張し、原審における被控訴本人訊問の結果によれば、本件家屋の賃借につき被控訴人が中村と共に家を探し、和田の管理人訴外池田由介との交渉にも関与したこと、賃料は常に被控訴人が池田方に持参支払つていたことを認め得るけれどもこれらの事実だけでは未だ被控訴人が中村と共同で賃借したことを認めるには足らないのであつて、右訊問の際にも被控訴人は「本件賃借は世間普通の夫婦が家を借りるのと異るところはなく他に特別の事情はない。」旨供述しているのであるが、右のような関係とすればむしろ夫の単独賃借と解するのが社会通念上相当であると思われる。一方成立に争のない乙第一ないし第三号証及び第五号証と原審証人中村常吉、池田由介の各証言によれば、中村は昭和二十年四月二十日管理人池田との間に本件家屋の賃貸借契約を締結し、右契約に於ては中村のみが賃借名義人であり被控訴人の名は表面に出ていない事実を認め得るから、本件の賃借人は中村であつて被控訴人は同人の妻として本件家屋に居住したに過ぎないものと認めるのが相当である。従つて被控訴人の右共同賃借の主張はこれを採用することはできない。

次に被控訴人は予備的主張として、被控訴人は、昭和二十二年六月中村との内縁関係を解消し、中村が本件家屋を退去した際、同人より賃借権を譲受けたから本訴でその承諾を求めると言うのでこの点について判断する。

前掲乙第一ないし第三及び第五号証が被控訴人の手中にある事実と原審証人野瀬時次、原審及び当審証人中村常吉並びに原審及び当審における控訴本人及び被控訴本人の各供述を綜合すれば、被控訴人は昭和十二、三年頃中村と結婚式を挙げ披露をも行つて内縁関係に入り、当初千日前の中村の家で同棲し、その後戦災又は家屋の強制疎開により小橋北之町の家に、次いで昭和二十年四月二十日頃より本件家屋に共に転居し、法律上の手続こそしなかつたが同二十二年六月協議の上内縁関係を解消する迄約十年に亘り夫婦として同棲生活を続けたこと、右内縁関係解消の際被控訴人の妹婿訴外野瀬時次等が仲介し、自己の新築家屋に転居することになつた中村は被控訴人が以後住居に困ることのないように本件家屋の賃借権を譲渡し、賃料及び敷金の領収証を被控訴人に交付したこと、控訴人は本件家屋の隣家に住んでいて中村が本件家屋を賃借し、被控訴人と同棲居住していることを承知していたのみでなく、昭和二十二年初頃被控訴人から当時の本件家屋の所有者であつた和田が財産税納付の関係上本件家屋等持家を売却するとの噂があるから、もし処分せられるなら被控訴人家の方で買受けたいから和田と懇意な控訴人から同人の内意を確かめて貰いたいとの依頼を受けたことがあり、被控訴人等が本件家屋をその住居として確保したい気持を持つていることを十分知りながら、その僅か後である同年四月に被控訴人等不知の間に本件家屋を和田より買受けたこと、被控訴人は中村と夫婦別れの後も本件家屋を従来通り住宅として使用し、養子吉田茂男の一ケ月七、八千円の収入によつて生計を立て同人と二人で本件家屋に居住していることをいずれも認め得るのであつて、原審証人池田由介、原審及び当審における控訴本人の各供述中右認定に反する部分は信用することはできない。そして右事実関係のように内縁の夫婦が夫名義で賃借した家屋において同棲中夫婦別れをすることとなり、夫は別に家を新築してこれに移転し従前居住家屋には妻が居残り従前通りこれに居住することとなつたような場合は、これを法律的に見れば、夫から妻へ賃借権が譲渡せられたものであり、その譲渡にも亦賃貸人の承諾を要するものと解するの外はないであろう。しかし右譲渡は名は譲渡であつてもその実はただ夫がいなくなつただけのことでありその使用関係は従前と殆んど変るところはないのであるから、賃貸人において右譲渡の承諾を拒否するにはこれを拒否するに足る相当の理由を要するものと解すべきこと信義則の命ずるところであつて、その理由なき拒否及びその拒否に基く賃借権の否認は権利の濫用としてこれを許されないものと解するのを相当とする。

そこで控訴人に右譲渡を拒否するに足る相当な理由があるか否かを考えてみるのに、控訴人は娘に婿を迎えて本件家屋に居住させる必要がある旨主張するのであるが、当審証人牧野カヅヱ、当審における双方本人の各供述を綜合すれば、娘と言うのは控訴人の先妻の子であること、そして本訴提起後である昭和二十五年九月に婚姻しその後子供が生れ、現在娘夫婦と子供は控訴人夫婦と共に本件家屋の隣家に居住していること、被控訴人は茂男と二人で本件家屋に居住していること、本件家屋及び控訴人現住家屋の間取りは共に階下六畳玄関台所各二畳、二階六畳及び三畳であることを認め得るのであり、双方の家族数を比較すれば被控訴人の方がより余裕があることは之を肯定しなければならぬ。しかし現在の住宅難の下に於いて、右の程度の大きさの家に他人を交えず一家五人が居住しているとすれば多少不自由を感ずるにしても、他に特別の事情がない限りなお現状に甘んずるのを妥当とせねばならぬ。尤も当審証人牧野カヅヱの証言によれば、娘とカヅヱとはもともと折合が良くなかつたところ娘の婚姻後一層悪くなり、控訴人夫妻と娘夫妻とは同じ家に居住しながら何月も口をきかぬと言うのであるが、他方被控訴本人は当審に於て控訴人方では子供が生れてからは円満にいつているとの近所の噂である旨供述しており、この供述と対比するときは果して控訴人の家庭が娘夫婦の別居を是非とも必要とする程度に紛糾しているとは一概には断定し難いものがある。之に対し被控訴人の方は前認定の通り茂男の月収は七、八千円にすぎず、又被控訴本人の当審供述によれば被控訴人は転居をするに十分な資力を有しないものと認めざるを得ない。これらの事実と前認定の控訴人が本件家屋を買受けた事情並びに本件賃借権譲渡が前記のような事情にあることを考え合せれば控訴人主張のような理由は未だ承諾拒絶の相当な理由と認めることはできない。従つて控訴人がその主張の如き理由で承諾を拒絶するのは権利の濫用であつて、控訴人は本件賃借権譲渡を承諾すべき義務があると言うべきである。

そして本件賃借権譲渡につき譲受人たる被控訴人より承諾を求めていることは前述の通りであるが、右承諾は譲渡人譲受人のいずれからも之を求め得るものと解するのが相当であり、之に対し控訴人に承諾義務があり之を拒否することは権利の濫用と認むべきこと右に述べた通りであるから、たとえ控訴人の任意の承諾がなくとも法律上之があつたのと同様の効果を認めるのが妥当であるから、本件賃借権譲渡については賃貸人たる控訴人の承諾があるのと同様に解すべきであり、従つて被控訴人は賃借人中村より適法に譲受けた賃借権に基いて本件家屋を占有しているものと言わねばならぬ。然るに控訴人は之を不法占有と主張するのであるが、その理由のないことは以上の説明で明白であり、従つて控訴人の請求を棄却した原判決は相当である。そこで本件控訴を棄却し控訴費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 石沢三千雄 岩崎康夫)

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